石狩川は北海道で最大の河川であると共に、我国でも屈指の河川で、その流域面積約14,000km2、本道の5分の1を占めており、流域内には道都札幌市をはじめ、15市3支庁管内を包含し、北海道における社会、経済、文化の母体としてその治水、利水上の意義はきわめて大きいものがある。石狩川の改修は明治43年(1910年)第1期拓殖計画により着工されたもので、近々70年に満たないが、石狩川における本道の開拓史とのつながりは密接不離のもので、石狩川が内陸への唯一の要路であった事から、石狩川の改修及び河口維持は明治新政府発足初期よりその基幹としての重要性により、種々の調査が進められてきた。しかしながら、石狩川の河口は明治初期より現在迄約1.7粁も北に移動しており、年間総流出量約160億m3(年間平均流量509m3/S)をほこるこの河口維持は、悠久の流れを持つ偉大な自然の力と、人智との戦いであるともいえよう。したがって河口の維持のための実質的な水制工事の実施は、昭和9年以降であった。戦後も水制工事は逐次施工され、河口港として地方港湾の指定も昭和24年になされた事から導流堤工事も実施され、上流河川改修工事の進捗もあって漸く河口としても固定した感がある。今回昭和46年発生の出水により既設水制の災害復旧が採択され、昭和47年度改修費との合併施工により、河口水制計画にもとづく抜本的工法を実施したものである。即ち従来の木杭水制、捨石工法を鋼管杭、根固コンクリートブロックによる事とし、その水理的な影響の検討も加えた。(土試河川研究室)又特に施工法として水深15mにおける杭打工法、その連結工法、根固ブロックの投入法等、困難な状況下における特異な問題点も多かった。工事管理としては鋼管杭数617本、根固ブロック4,040個(2t~3連)の量的条件の中で施工法に対応した品質管理、出来形の確認方法等工夫を加える要素も多かったと考えられる。今回はこれら特殊な現場条件における、施工法、工事管理に主眼をおき工事報告とするものであるが、他工事に何らかの参考になれば幸いである。 |