シンボルマーク独立行政法人土木研究所 寒地土木研究所

論文・刊行物検索

詳細情報

 歌内橋(二鉸補剛構吊橋)について(第1報) -応力調整法の利用-

作成年度 1958年度
論文名 歌内橋(二鉸補剛構吊橋)について(第1報) -応力調整法の利用-
論文名(和訳)
論文副題 昭和32年度(2)
発表会 昭和32年度技術研究発表会
誌名(No./号数) 昭和32年度技術研究発表会
発表年月日 1958/09/01
所属研究室/機関名 著者名(英名)
小林和郎
今山健
抄録
本文は当土木研究所特殊橋梁設計班が設計を担当した歌内橋の計画概要、設計方針、応力調整法の原理とその実施方法並びに設計上の要点について述べようとするものである。本橋は村道国府歌内線中川郡中川村地内において、本道3大河川の一つである天塩川を横断する地点に架けられるもので、現在渡船交通となっているが、かつて学童30数名が船もろとも濁流に飲まれるという悲惨時がおこり、以来本橋の新設は地元民並びに奥地開拓農民の強い要望であった。架設地点は平時において川幅110m、水深4mの流速平穏な河川であるが、融雪期や降雨期には濁流逆巻き、また冬季には結氷して(厚さ1mにも及ぶ)さながら大氷原と化し、これが融雪期に解氷し巨大な氷塊が莫大な圧力とエネルギーをもって流下するなど、橋梁技術者にとっては設計並びに架設位置条件として最悪の状況を呈する。したがって長大径間の橋梁が余儀なくされたが、また幅員わずか3.6mの開拓道路の橋という点から、工費の面も考えて補剛構をもつ吊橋が選ばれたのである。この応力調整法は北大今教授の推奨される方法で、昭和25年留萠開発建設部管内の雄信内橋の補修に際して、実際に適用して大なる成果を収めた。本橋では新橋の建設にあたって、補剛構上弦材の挫屈を防止するためにこの応力調整法を採用したが、新橋に本法を適用するのはおそらくわが国においても始めての試みであると思われる。
本文表示
このサイトで提供される情報には、PDFファイルが使われています。PDFファイルをご覧頂くにはAdobeReaderが必要です、「Get AdobeReader」をクリックしてダウンロードしてください。 AdobeReaderダウンロード
ページの先頭へ

この画面を閉じる

© 2023 Civil Engineering Research Institute for Cold Region, All rights reserved.