北海道の神居古潭帯などの沈み込み帯の高圧変成岩類に付随して露出する蛇紋岩岩体は、沈み込み帯深部における物質循環プロセスを理解する上で重要な地質体である。近年では、海底に露出あるいは海底下から掘削された蛇紋岩類を最新の地質学的解析手法により解析することで、海洋底における蛇紋岩化プロセスが明らかとなりつつある。一方、陸上蛇紋岩類の研究においては、土壌・植生による被覆に加えて、蛇紋岩類は地表面での風化・変質による岩石自体の脆弱性による観察・試料採取の困難さから、地表踏査により脆弱部を含めた蛇紋岩岩体の内部構造の把握は困難な場合が多く、断片情報から岩相分布を把握している状況にある。これまで陸上蛇紋岩岩体の深部を直接観察・掘削した事例として、日本では蛇紋岩岩体を掘削したトンネル施工事例は30以上あり、各トンネルにおいて掘削断面の記載、蛇紋岩類の物性計測、地質断面図の作成が行われてきた。しかしながら、工学的な調査が主体であることから岩体の源岩構成や蛇紋岩化の度合いなどの詳細な地質背景は不明な点が多い。掘削技術が発達した近年においても、蛇紋岩岩体の掘削はしばしば難工事となることから、最新の地質学的調査・解析手法により、蛇紋岩類を新たに性状分類する必要があると考えられる。
筆者らは、蛇紋岩岩体を掘削したトンネル地質断面の再構築と蛇紋岩類の性状特性による細分類を主目的として、北海道の神居古潭帯の幌加内地域の鷹泊蛇紋岩岩体の縁辺部を掘削した幌加内トンネルを対象とし、掘削時に採取された連続水平コア試料(延長1241m)の解析を実施してきた。本報告では、トンネル掘削ルートに沿って、50〜100m間隔で採取した塊状蛇紋岩類を対象に、コア・薄片観察および回折X線分析を実施し、源岩構成および蛇紋岩化プロセスについての解析結果を報告し、神居古潭変成岩類を伴う蛇紋岩岩体周辺部の岩相変化について考察を行う。
先行研究では鷹泊岩体主体部の蛇紋岩類は形態から、塊状、葉片状、粘土状蛇紋岩に区分され、源岩はハルツバージャイトを主体とし、一部にダナイトが帯状に分布すること、また、貫入岩・ブロックとして、いわゆる微閃緑岩と細粒斑れい岩の岩脈を多数伴うことが明らかとされている(Igarashi et al., 1985) 。本研究による、幌加内トンネルの水平コア試料の観察結果においても、主体部同様に塊状、葉片状、粘土状の蛇紋岩が識別された。岩体縁辺部の塊状蛇紋岩類は、主体部と同様に源岩はハルツバージャイトが主体であり、一部にダナイトを伴うことが明らかとなった。採取した塊状蛇紋岩類はすべて、完全に蛇紋石化しており、クロムスピネル以外の初性鉱物は残存していない。源岩組織として、輝石仮像を伴わないダナイト様組織、斜方輝石仮像を伴うハルツバージャイト様組織、他形の斜方輝石仮像を持つ集積岩様組織、スピネルの定向配列によるフォリエーション構造などの源岩構造が認められる。蛇紋石は、カンラン石や斜方輝石を交代する網目状アンチゴライトと、後期の繊維状のクリソタイル脈の形成が認められ、磁鉄鉱、ブルーサイトを伴う。岩体周辺部の特徴として、トンネル断面の西側、中央、東側で蛇紋岩化の様相が異なる。トンネル中央では源岩組織を良く残す一方、角閃岩が出現する西側境界付近では、炭酸塩鉱物(マグネサイト)に交代された塊状蛇紋岩が認められ、緑色片岩が出現する東側境界付近では、源岩組織が消失した濃緑色の塊状蛇紋岩が分布する。両境界における塊状蛇紋岩の組織・鉱物組成の違いは、接触する神居古潭変成岩類との関係の違いなど、沈み込み帯における蛇紋岩化プロセスが異なる可能性を示唆している。
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