マントルウェッジのかんらん岩に沈み込むプレートから水が供給され蛇紋 岩化し、変成岩類を伴いながら地殻を上昇、地表に露出するという一連のプロ セスの解明は、蛇紋岩類の岩石物性の分類や沈み込み帯における物質循環を 考える上で重要である。しかしながら、地表に露出する蛇紋岩類は風化・変質 の影響をうけやすく脆弱であるため、蛇紋岩岩体内の構造や内包・付随する変 成岩類との関係を露頭スケールを超えて連続的に解析することは困難である 場合が多い。そこで本研究では、北海道幌加内地域の蛇紋岩岩体(鷹泊岩体) の南東縁辺部に位置するトンネル(延長 1241m)において、建設時(2006-2007 年)に採取された水平連続ボーリングコア試料から非変質の塊状蛇紋岩類を 採取し、岩相分類、薄片記載、鉱物・全岩化学組成分析により、岩体周辺部に おける源岩構成・蛇紋岩化プロセスの側方変化について解析を試みた。
対象トンネルは、北海道中軸部に南北に連なる神居古潭帯の幌加内地域に ある蛇紋岩岩体(鷹泊岩体)に位置する。トンネルは鷹泊岩体南東部の神居古 潭帯変成岩類との境界部に位置しており、トンネルルートが弓形に岩体中央 方向へ屈曲していることから、トンネル中央部が岩体中心方向となり、トンネ ル両端部が変成岩類との境界部に近づく位置関係にある。トンネル南東部に は、青色片岩相・緑色片岩相・角閃岩相など海洋プレート起源の低温高圧型の 変成岩類(神居古潭変成岩類)が分布する。先行研究により、鷹泊岩体は幌加 内オフィオライトのマントルセクションに相当し、岩体縁辺部でアンチゴラ イト蛇紋岩が出現すること(Igarashi et al., 1985)、変成岩類との境界部付近の
蛇紋岩化が沈み込み帯深部のプレート境界での加水反応に影響されたもので ある可能性が指摘されている(葛西, 2015)。
コア試料の記載から、トンネル断面に出現する蛇紋岩類は、塊状、塊状・葉 片状混在部、葉片状、粘土化部に分類され、大部分は数 10 cm〜数 m の塊状部 と剪断構造を示す葉片状部の混在相から構成され、”微閃緑岩”ブロックを伴う。 また、トンネル両端付近では、葉片状蛇紋岩中に角閃岩類あるいは緑色岩類を ブロックとして伴う。薄片記載・鉱物組成分析の結果、トンネル横断方向で源 岩・蛇紋岩化組織の違いが認められた。トンネル中央部付近では、源岩組織が 良く残存しており、源岩はハルツバージャイト、ダナイトからなる。中央部で の蛇紋岩化は、リザーダイト+クリソタイル+磁鉄鉱+ブルーサイトによる 砂時計組織を持ったメッシュ状組織を示す。一部の試料でカンラン石・斜方輝 石がわずかに残存している以外は、ほぼ完全に蛇紋岩化しており、初生鉱物は クロムスピネルのみ残存する。一方、境界部付近の塊状蛇紋岩類は源岩組織が ほとんど失われており、フレーク状〜羽毛状のアンチゴライト+磁鉄鉱+ブ ルーサイトによる綾織状組織を示す。綾織状組織を示す塊状蛇紋岩にはクロ ムスピネルに磁鉄鉱の反応縁が形成されており、一部で斑状変晶様のマグネ サイトを伴う。源岩組織を残すメッシュ状組織が綾織状組織に交代される中 間的な産状が認められることから、リザーダイト+クリソタイルの蛇紋岩化 作用が生じた後に、高温相とされるアンチゴライトによる再結晶作用が生じ たと考えられる。この再結晶作用は、広域的あるいは微閃緑岩の貫入に関係し た局所的な温度上昇を見ている可能性と、流体相が関与による交代作用を見 ている可能性が考えられる。鷹泊岩体周辺部において、アンチゴライト蛇紋岩 が特徴的に分布し、炭酸塩鉱物による交代作用が認められる産状から神居古 潭変成岩類からもたらされた流体が関与したとする後者の説が有力と考える。
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