北海道の神居古潭帯を代表とするかつてのプレート沈み込み運動で形成された地質帯には、沈み込む海洋地殻の脱水に伴い、その上部のマントルウェッジかんらん岩が蛇紋岩化し上昇したと考えられる大小様々な蛇紋岩岩体が露出している。しかしながら地表部では土壌・植生に覆われ、また、蛇紋岩類は風化の影響が強く、マントルウェッジかんらん岩、蛇紋岩化帯、高圧変成岩の組み合わせを空間的かつ連続的に観察・解析することは困難である。そこで本研究では、神居古潭帯の低温高圧型の変成岩類(幌加内ユニット)に近接する、幌加内オフィオライトのマントルセクション(鷹泊蛇紋岩岩体)の縁辺部に建設された幌加内トンネル(延長1241m)の2009年建設時に採取された水平(先進)ボーリングコア試料から地表の風化作用を受けていない蛇紋岩類を採取し、マントルウェッジかんらん岩〜スラブ境界付近に相当する領域で形成されたと考えられる蛇紋岩化帯の形成プロセスの解明を試みた。解析手法としては、塊状蛇紋岩を対象とした岩石薄片の記載、XRDによる鉱物相の解析、磁化率計による測定、ガス置換法による真密度測定、TG-DTAによる示差熱重量分析を行い、蛇紋岩類の分類を行った。
幌加内トンネルに沿って採取された延長約1240mの連続水平ボーリングコア試料には、全体に葉片状の蛇紋岩をマトリックスに、大小さまざまな塊状蛇紋岩ブロックを伴う産状が認められた。採取した塊状蛇紋岩50試料の薄片観察から、かんらん石・斜方輝石がわずかに残る1試料を除き、すべての試料が100%の蛇紋岩化を被っており、初性鉱物としてクロムスピネルのみが残存している。塊状蛇紋岩類はハルツバージャイト・ダナイトを源岩としており、神居古潭帯の変成岩類(角閃岩・緑色片岩・青色片岩を主体とする幌加内ユニット)との境界との距離に対応して、蛇紋岩化の様式に違いが認められた。境界から離れた鷹泊岩体側の蛇紋岩は初性的なかんらん岩の組織を残し、リザーダイト・クリソタイルによるメッシュ状の蛇紋岩組織で特徴づけられる。次に、源岩・メッシュ状蛇紋岩組織の一部が繊維状・放射状のアンチゴライトに置換された蛇紋岩が出現し、岩体の最縁辺部で全体が繊維状・綾織状のアンチゴライトに交代され源岩組織が消失したアンチゴライト蛇紋岩へと遷移する。アンチゴライト蛇紋岩はメッシュ状蛇紋岩に比べて豊富に磁鉄鉱を含み、クロムスピネルの全体あるいは一部を磁鉄鉱が交代する、また、一部にパッチ状の炭酸塩鉱物(ドロマイト・マグネサイト)を伴う。また、アンチゴライト蛇紋岩の分布箇所に限り、神居古潭帯の変成岩類をブロックとして伴っている。この蛇紋岩化様式の変化からは、沈み込み帯におけるスラブ起源流体によるマントルかんらん岩の交代作用の前線を捉えている可能性が示唆される。
塊状蛇紋岩類の物性測定結果として、真密度は2.45-2.78 g/cm3、磁化率は0.05−0.28 χcm3/gの幅を示し、真密度が増加すると磁化率が増加する直線的な相関関係を示した。また、上記の岩相変化に対応して、メッシュ状蛇紋岩は低密度・低磁化率側に、綾織状アンチゴライト蛇紋岩は高密度・高磁化率側にプロットされる。これは蛇紋岩化の程度に加えて、蛇紋岩化のタイプ・遷移関係を密度あるいは磁化率測定により判別可能であることを示している。また示差熱重量分析の結果、320-420℃にブルーサイトの脱水反応、450-550℃に炭酸塩鉱物(あるいは緑泥石)の分解(脱水)反応が、蛇紋石類の脱水反応として500-700℃にリザーダイト+クリソタイルの低温側の脱水反応が、680-790℃にアンチゴライトの高温側での脱水反応が確認された。また、820℃付近にカンラン石・斜方輝石の結晶化の発熱反応が認められた。320-420℃の重量変化から推定されるブルーサイト含有量は0.3-19.4wt%となり、大まかな傾向としてメッシュ状蛇紋岩で高い含有量(>5wt%)を示し、アンチゴライト化試料で比較的低含有量である。また、蛇紋石の低温側・高温側の脱水反応による重量変化の比から、アンチゴライト化の大まかな交代比が推定可能である。
このように100%蛇紋岩化した蛇紋岩類を対象に熱重量分析・密度・磁化率測定を組み合わせた解析を行うことで、アンチゴライト・リザーダイトの量比、ブルーサイト含有量、炭酸塩鉱物、磁鉄鉱含有量の推定が可能となり、磁化率変化、密度、含水量の変化範囲と岩相変化の対応関係を精度良く説明でき、また蛇紋岩類の幅広い物性値幅の解釈が可能となると考えられる。
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